鳩に心を乱される

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仙台に来たことがある人ならわかってくれると思うのだけれど、仙台の鳩は非常に図々しい

どこの鳩もそんなに変わらんでしょう、と思う人は、一度来てみると良い。おすすめは宮城県庁の南側にある「勾当台公園(こうとうだいこうえん)」という所だ。

ここを軽く散歩するだけでも、奴らのふてぶてしさがよくわかるだろう。

普通野生の鳥は人が近づくと、ある程度の所で警戒して飛んで行ってしまうものだ。しかしここ仙台にはそんな奴はいない。真横を通ったって、足を折り畳んで平然と座っていたりするのだ。「我平和の象徴なり」とそういった高慢な顔をしている。

そしてこちらがベンチに座って一休みでもしようものなら、何か食べ物でも持ってないかと首を揺らしながら忍び寄ってくる。一羽が二羽になり、、四羽になり、、、といった具合で落ち着けやしない。

同じ感覚を、僕はかつてイタリアに行ったときに感じたことがある。
ローマの観光地を歩いていると、まさに自分の頭と同じ高さを鳩が通過していくのだ。怖くて何度も首をひっこめたのをよく覚えている。

彼らは人間が身近な存在であるがゆえに、めったに攻撃してこないと知っている。だから、人がすぐ近くを通ろうが全くビビらない。むしろ、人の頭上スレスレを飛んできて、人間の方をビビらせるくらいだ。

生物的な生存本能としてはあまりよろしくないのではないかと思うけれど、人に慣れている「都市型の鳩」(僕が勝手に名付けた)にはこのような傾向が強い。だが、僕が東京で暮らしていた時にはここまで鳩にうっとうしさを感じたことはなかった。仙台の鳩の方が人との「距離が近い」気がするのはなぜだろう。有識者求ム。

勾当台公園という場所の真下には地下鉄の駅が南北に通っている。なので、地下へ通じる入り口が公園のそこかしこに存在し、アリの巣のように色んな場所をつないでいる。それゆえ近道として使われることも多い。

昨日、僕がたまたま、そのいくつかあるうちの一つから地上に上がってきたときのこと。

階段を上り終えた僕の目の前には異様な光景が広がっていた。

なんと二十~三十羽もの鳩の群れが入り口(この場合は出口)を塞いでいたのだ。彼らが何を考えてそんな場所に居座っていたのか、正直よくわからない。仙台に来て二年近くが経つが、こんな光景は初めて見た。前述のとおり、彼らは人に慣れていて、かなりふてぶてしい。僕が通ろうとしたって、どくわけがなかった。
出口付近で、出るに出られず右往左往している僕に気がづいた通行人の何人かは、ニヤニヤしながら通り過ぎて行った。

僕が出口で困り果てていると、突然、群れがバサバサっと一斉に羽音を立てて動き出した。しかも群れは、各々バラバラに離散するのではなく、ある一つの方向に向かって動いていったのである。

その先を見ると、一人の女性が立っていた。年は五十くらいだろうか。小柄でトートバックを提げていた。
僕は咄嗟に「危ないっ」と声が漏れていた。いくら平和の象徴であろうと、群れに襲われては怪我も負うだろう。

ところがである。その女性は、一斉に群がってくる鳩に対してビビる様子もなく、悠々と歩いていくのだ。鳩たちも、女性の所まで勢いよく飛んで行ったものの、襲い掛かることはなく、周りを付かず離れずで囲みながらついて行くのである。

何だこれは、と思った。鳩たちは女性に付き従っているかのように見えた。まるで女王と家来である。

僕は当然現れた鳩の女王によって、道を開いてもらったのである。


この出来事は昼休みから会社に戻る途中に遭遇したのだが、会社に帰ってからも、あれは何だったのだろうとしばらく考えていた。
そして、少しして気づいたのである。

トートバッグだ
おそらくあの中にパンの耳でも入っていて、鳩たちはそれを知っていた。つまり、習慣的としてあの女性に餌付けされていたのだろう。
だとすると、あの場所に陣取っていたも何となくわかる。この時間にこの辺りに来れば食べ物がもらえるぞと分かれば、そこに行かない動物はいない。

あくまで推測だが、割と筋は通っているのではないかと思う。
そうなると、彼女のあの悠々とした足取りにもだんだんと腹が立ってくる。
彼女こそが、ふてぶてしい鳩を生み出していたのかもしれない。

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